アルゼンチンの息吹
8.社会問題を可視化するオルタナティブメディア
藤井枝里
社会運動をつなぐオルタナティブメディア
早くも10ヶ月の留学生活が終わりに近づき、アルゼンチンから送るレポートも今回が最後となりました。
そこで、いままで見てきた社会運動
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労働者による会社の自主管理、ピケテーロス、女性運動、農民運動など
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を振り返ってみると、それらを結び付ける、ある不可欠な要素に気づきます。それは、オルタナティブメディアの存在です。
各運動体が、それぞれ別の領域で各自の問題に立ち向かっていながらも、広範なネットワークによって他領域との強力な連帯関係を築いている。これは、近年のラテンアメリカの社会運動において鍵となる潮流であり、その中でメディアの果たす役割には注目すべきものがあります。
そこで私は、オルタナティブメディアに携わる人々のもとへ、話を聞きに行きました。
世界のほんの小さなひとかけらを、少しでも変えたい
世に溢れるポルノ雑誌に表されるような、商品としての女性ではなく、成長する女性、生産する女性、発展する女性を社会的視点から取り上げる月刊誌「ウルバーナス」。コルドバの通信員として働く、大学生のファクンドはこう言います。
「たとえば、僕たちが取り上げるような情報がなければ、誰も知らないまま、その問題は埋もれてしまう。マスメディアが無視してしまう女性の権利を取り上げる僕らのようなメディアは、人々が社会的意識をもつための媒体となる。それは、世界のほんの小さなひとかけらを、少しでも変えたいという意識なんだ。」
一方、「CISPREN」というコルドバのマスコミ労組が、目下取り組んでいるのは、国内最大の日刊紙「クラリン」グループに属するラ・ボス社が行った、賃上げを求める集会への弾圧に対する抗議活動です。
「抗議活動は、労働者に認められた権利のひとつであり、それを犯罪化することは、言語道断だ」
と刑事告発された4人のうちの1人である、ダニエルが言います。
また、労組の活動とは別に、彼が2003年に始めた「プレンサレッド」というニュースサイトについても、話を聞きました。それは、「マスメディアによる情報独占に反対し、人々の抱える問題を可視化するひとつの代替手段」として、他の様々な社会運動や社会的メディアと連帯して機能しているそうです。
マスメディアが伝えない、もう一つの現実を
1999年、シアトルでのWTO抗議運動において生まれた「インディメディア」は、代表的なオルタナティブメディアとして、現在世界中にネットワークを広げています。アルゼンチンでインディメディアが誕生したのは、米州自由貿易協定 ALCA に対抗し、市民が大規模な反対運動を繰り広げる最中のことでした。
その同じ2001年の末には、経済危機と民衆蜂起の混乱の中、システムが落ちてしまうほどアクセスが殺到したといいます。
インディメディアコルドバのホセに話を聞きました。
「インディメディアは、本当の意味で、下からの表現の場として生まれた。マスメディアが伝えない、もう一つの現実があるのだということを示すために。社会運動が、表現の道具を手にするために。」
インディメディアコルドバの原則では、記事は共同作品です。つまり、メーリングリストに原稿が回され、全員による推敲を終えてから、やっとアップされることになります。また、「ひとりひとりが記者」というスローガン通り、誰でも記事を投稿でき、商業的な目的でない限り、誰でも自由に情報を使うことができるのも特徴です。
意見の多様性は、問題の複雑さを反映
これに対して批判もありますが、ホセはこう言います。
「目指しているのは、ジャーナリズムにおける質の高さじゃない。今日では、それぞれが専門領域を持っていて、そのテーマについては、専門家しか喋れないことになっている。政治家が政治を語り、病気は医者が語る。こうした専門化は、権力に結びつく。僕たちは、専門という概念を壊したいと思っている。インディメディアにおける意見の多様性は、質の低さではなく、問題の複雑さを反映しているんだ。」
そして、多くの場合、専門家であるマスメディアが信頼できるとは限りません。
「2002年に2人のピケテーロスが暗殺された事件でも、いち早く、それが警察による弾圧だと報道したのは僕たちだった。マスメディアは、それをピケテーロス同士がやったのだとか証拠がないだとか言いながら、事実を認めるのに3日もかかっていた。」
警察の弾圧による死者は、年平均100人も出ると言われます。こうした状況における、人々のインディメディアに対する信頼は、月に10万件というアクセス数にも表れています。
私たち自身が主役になる
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方法は私たち次第
また、コルドバ南部のあるバリオには、「ラジオ・スール」という共同ラジオ局があります。ここは、ただのラジオ局ではなく、19年前から、コミュニティセンターとして発展してきました。70人ほどの地域の人々と共に、教育補助や文化活動、技術訓練などが活発に行われています。
ディレクターのマリオが、その意義を話してくれました。
「オルタナティブラジオだからといって、周辺的な役割しか果たせないということは、決してない。私たちが、マスメディアなんだ。大切なのは、人々自身が組織していくことだ。彼ら自身が、権利を求めて闘っていくことだ。」
私たち自身が、主役となること。与えられる情報を鵜呑みにすることなく、自分たちから発信し、繋がりあうこと。今回のアルゼンチン滞在で、彼らとの出会いの中で教わった、いくつものメッセージが頭をよぎります。日々の生活の中で、実験を繰り返し、実践を積み重ねている彼らをみていると、自然と「じゃあ自分はどうやって、何をしよう」という気持ちにさせられます。彼らの実践が千差万別であるように、社会を動かす方法はまさに、私たち次第なのです。
*初出は、『人民新聞』2007.12.5(第1297号)。ただし、ウェブでの再録にあたって、『人民新聞』発表時より、一部を改訂・変更しています。
藤井枝里(ふじい・えり)
上智大学外国語学部イスパニア語学科卒業。2008年8月より、FLACSO-Argentina(ラテンアメリカ社会科学大学院・アルゼンチン)社会・政治人類学修士課程。
独立系メディアのシンポジウム。テーマは「自律的ジャーナリズムのあり方について」。
街で見かけた壁画。人々のうしろには、先住民の多様性を表した旗や、行方不明者の真相究明を求める横断幕が描かれている。
ラジオ・スールのスタジオ。パソコンルームの設備も整っている。
ディレクターのマリオさん。ここから、地域の声が発信される。